量子世界の入り口 - 波動と粒子

古典物理学では説明不可能だった? 量子力学の夜明けと二重性

Tags: 量子力学, 古典物理学, 波動と粒子, 二重性, 物理学史

なぜ、新しい物理学が必要だったのか

皆さんは、中学校や高校で「物理」を学んでいるかと思います。私たちが普段経験するような物体の動き、例えばボールを投げたり、車が走ったりする現象は、ニュートン力学という枠組みで正確に説明できます。また、光や電波のような現象は、電磁気学という別の枠組みで理解されてきました。これらの物理学は、私たちの身の回りの大きな世界では非常にうまくいき、様々な技術を生み出してきました。このような物理学はまとめて「古典物理学」と呼ばれています。

19世紀末、物理学者たちは、古典物理学で世界を完全に説明できると考えていました。しかし、20世紀を迎える頃、物質や光の「とても小さな世界」、つまり原子や電子、光子の世界で起こるいくつかの現象が、古典物理学では全く説明できないことが明らかになってきたのです。これが、量子力学という新しい物理学が誕生するきっかけとなりました。

この記事では、古典物理学が直面したいくつかの「謎」を紹介し、それらを解き明かす過程でどのようにして「波動と粒子の二重性」という考え方が生まれ、量子力学の基礎が築かれていったのかを分かりやすく解説していきます。

古典物理学では説明できなかったいくつかの謎

古典物理学が壁にぶつかった具体的な現象をいくつか見てみましょう。

謎1:高温の物体から出る光の色と強さ(黒体輻射)

鉄を熱すると、最初は赤くなり、さらに熱するとオレンジ、黄色、白と色が変わっていきますね。これは、物体が高温になると光(電磁波)を出す現象です。古典物理学を使って、ある温度の物体から出る様々な色の光(波長)の強さの分布を計算しようとすると、うまくいかないことが分かりました。特に、波長が短い(色が青い)光ほど、エネルギーが無限大になってしまうという、現実とはかけ離れた結果になってしまったのです。これを「紫外破綻(しがい・はたん)」といいます。

この謎を解決するために、1900年にマックス・プランクは画期的なアイデアを提唱しました。それは、「光のエネルギーは連続的ではなく、飛び飛びの値(量子のまとまり)しか取れないのではないか」というものです。エネルギーの「粒」のようなものを仮定したのです。この考え方を「量子仮説」といいます。この仮説を導入すると、高温の物体から出る光のエネルギー分布が実験結果と非常によく一致することが分かりました。

謎2:光を当てると電子が飛び出す現象(光電効果)

金属に光を当てると、金属の表面から電子が飛び出してくる現象を「光電効果」といいます。この現象には、古典物理学では説明が難しいいくつかの奇妙な性質がありました。例えば、 * どんなに強い光を当てても、ある特定の「色」(振動数)よりも低い光では電子が全く飛び出さないこと。 * その特定の色の光よりも高ければ、光が弱くても電子は瞬時に飛び出すこと。 * 強い光を当てると、飛び出す電子の数は増えるが、電子1個あたりのエネルギーは光の強さではなく、光の色(振動数)で決まること。

光を波として考えると、光のエネルギーはその強さ(振幅)に関係するように思えます。強い波ほど、金属中の電子に多くのエネルギーを伝え、電子が飛び出しやすくなるはずです。しかし、実験結果はそうなりませんでした。

1905年、アルベルト・アインシュタインは、この光電効果を説明するために、プランクの量子仮説を発展させました。「光そのものがエネルギーの粒(光子)である」と考えたのです。この光子のエネルギーは、光の色(振動数)だけで決まります。この「光量子仮説」によると、光電効果は、光子1個が電子1個にエネルギーを与え、電子が金属から飛び出す現象として捉えられます。光子のエネルギーが足りなければ電子は飛び出せませんし、光子のエネルギーが大きければ電子はより勢いよく飛び出します。光子の数が多いほど、多くの電子が飛び出すことになります。こう考えると、光電効果の実験結果が見事に説明できたのです。

このアインシュタインの考えは、これまで「波」であると考えられていた光が、「粒子」としての性質も持っていることを強く示唆しました。

謎3:原子が出す(吸収する)光の色が決まっている現象(原子スペクトル)

水素原子のような単純な原子でも、熱したり光を当てたりしてエネルギーを与えると、特定の「色」(特定の波長や振動数)の光だけを出すことが知られていました。バラバラの色ではなく、まるで指紋のように決まった色の光の集まり(線スペクトル)が出現するのです。

古典物理学では、原子の中心にあるプラスの電気を帯びた原子核の周りを、マイナスの電気を帯びた電子が惑星のように回っていると考えました。しかし、もし電子が原子核の周りを回っていると、常に電磁波を出し続けてエネルギーを失い、最終的には原子核に吸い込まれてしまうはずです。そして、その出す電磁波の色も連続的に変化するはずです。これは、決まった色の光しか出さないという実験事実と矛盾します。

1913年、ニールス・ボーアは、プランクの量子仮説を取り入れ、「電子は原子核の周りの全ての軌道を自由に回れるわけではなく、限られた決まった軌道(エネルギー状態)しか存在できない」というモデルを提案しました。そして、電子がある許された軌道から別の許された軌道へ「飛び移る」ときにだけ、その軌道間のエネルギー差に対応する決まったエネルギーの光子(光)を出す(または吸収する)と考えたのです。

このボーアのモデルは、原子が出す光の色が決まっている理由を見事に説明しました。ここで重要なのは、「電子の存在できる軌道やエネルギー状態が量子化されている(飛び飛びの値しか取れない)」という考え方です。しかし、なぜ電子が特定の軌道だけを回れるのか、その根本的な理由はまだ明らかではありませんでした。

「粒子」である電子も「波」になる? 物質波の誕生

光が波でもあり粒子でもある(光の二重性)ことが明らかになってきた一方で、物理学者たちは次に、電子のような「粒子」と考えられていたものが、もしかしたら波の性質も持っているのではないか、と考え始めました。

1924年、フランスの物理学者ルイ・ド・ブロイは、「光だけでなく、電子のような物質も、波としての性質を持っているのではないか」という大胆な仮説を提唱しました。そして、その物質が持つ波(物質波)の波長は、その物質の運動量に関係していると考えたのです。運動量が大きい(速く動いている、または質量が大きい)ほど、波長は短くなるとしました。

このド・ブロイの考えに基づくと、ボーアが提唱した「電子の許された軌道」は、電子の物質波が原子核の周りに作る「定常波」として説明できる可能性が出てきました。ギターの弦のように、決まった長さの波しか存在できないイメージです。これにより、電子が特定の軌道しか取れない理由に、波動の性質から迫ることができるようになったのです。

ド・ブロイの仮説は、1927年に電子線回折の実験によって証明されました。電子を結晶に当てると、X線のような波が結晶に当たったときと同じように、電子が回折する現象が観測されたのです。これは、電子が間違いなく波としての性質を持っていることを示す決定的証拠となりました。

波動と粒子の二重性:新しい物理学の基礎へ

プランクの量子仮説、アインシュタインの光量子仮説、そしてド・ブロイの物質波の発見。これらの出来事は、これまでの古典物理学では考えられなかった、光や物質が「波」と「粒子」の両方の性質を合わせ持つ、という驚くべき「波動と粒子の二重性」という概念を生み出しました。

古典物理学では、波と粒子は全く別のものと考えられていました。水面の波は広がっていく現象ですし、ボールは特定の場所に存在する物体です。しかし、ミクロな量子世界では、この区別が曖昧になるのです。光も電子も、ある状況では波のように振る舞い(干渉や回折)、また別の状況では粒子のように振る舞います(光電効果や衝突)。

この波動と粒子の二重性という新しい考え方は、20世紀初頭に発展した量子力学の土台となりました。量子力学は、この二重性の考え方を取り入れ、ミクロな世界での物質や光の振る舞いを記述する全く新しい物理学の体系を構築したのです。

まとめ

私たちの身の回りの大きな世界を非常によく説明できた古典物理学は、20世紀を迎える頃、ミクロな世界のいくつかの現象の前でお手上げ状態となりました。黒体輻射、光電効果、原子スペクトルといった謎を解き明かす過程で、物理学者たちは、エネルギーや光が「量子」として振る舞うこと、そしてこれまで波と考えられていた光が粒子としての性質を持ち、逆に粒子と考えられていた電子も波としての性質を持つことを発見しました。

このように、光や物質が波と粒子の両方の性質を合わせ持つ「波動と粒子の二重性」という概念は、古典物理学の限界を乗り越え、量子力学という新しい物理学を生み出す原動力となりました。量子力学は、この二重性を基本として、原子や分子、素粒子といったミクロな世界の現象を驚くほど正確に説明し、現代科学技術の基盤となっています。

波動と粒子の二重性は、私たちの日常的な感覚からは少し離れた、量子世界特有の不思議な性質です。しかし、この概念を理解することが、量子力学の世界への第一歩となります。この二重性が、量子が示す他の奇妙な振る舞い(重ね合わせや不確定性原理など)にも深く関わっていることを、今後の記事でご紹介していければと思います。