物質波の直接的な証拠:電子回折実験から理解する
波動と粒子の二重性という考え方の中で、電子のような粒子が波としての性質も持つ、という「物質波」の概念は、最初は非常に不思議に感じられたことと思います。粒子はあくまで点のように振る舞うもの、というこれまでの常識とは大きく異なるからです。
フランスの物理学者、ルイ・ド・ブロイは1924年に、光だけでなく、電子を含むすべての物質も波としての性質を持つという予言をしました。これが「ド・ブロイの物質波」と呼ばれるものです。では、この予言はどのようにして正しいと証明されたのでしょうか。それを明らかにしたのが、「電子回折実験」です。
電子回折実験とは
電子回折実験は、文字通り電子が「回折」することを確認する実験です。回折とは、波が障害物の縁や狭い隙間を通るときに、その背後に回り込んで広がる現象を指します。例えば、水面に広がる波が、障害物の後ろ側にも回り込んでいく様子や、音波が建物の陰にも伝わることなどが身近な例です。
光も波としての性質を持つため、細いスリットを通したり、規則的な構造を持つ物体(結晶など)に当たったりすると、回折や干渉という現象を起こします。干渉とは、複数の波が重なり合ったときに、強め合ったり弱め合ったりして、特定のパターン(干渉縞)を作る現象です。光の場合、二重スリット実験でスクリーンにできる明るい縞模様と暗い縞模様の繰り返しが、干渉によるものです。
電子回折実験では、細く絞った電子の流れ(電子線)を、ニッケルなどの金属結晶に当てます。結晶の原子は非常に規則的に並んでいるため、電子線にとっては、原子の隙間が規則的な「格子」や「スリット」のように機能します。
実験で観測された波の証拠
もし電子が完全に粒子としてのみ振る舞うならば、結晶に当たった電子は、跳ね返るか、結晶を突き抜けるかして、スクリーンには単なる点の集まり、あるいは少しぼやけた像が映ると予想されます。ちょうど、小さなボールを網に向かって投げたときに、ボールが網目を通り抜けたり跳ね返ったりするようなイメージです。
しかし、実際の電子回折実験で観測されたのは、驚くべきパターンでした。電子を検出するスクリーンには、光の干渉実験で見るような、同心円状の、明るいリングと暗いリングが交互に現れる「回折パターン」が鮮明に観測されたのです(図のようなイメージです)。
このリング状のパターンは、電子線が結晶という規則的な構造によって回折され、さらに電子の波同士が互いに干渉し合った結果として現れるものにほかなりません。光の干渉縞が光の波動性を示す決定的な証拠であるのと同様に、電子線が作り出したこの回折パターンは、電子が波としての性質を持っていることの直接的な、そして否定しがたい証拠となりました。
電子回折実験の重要性
この実験結果は、ド・ブロイの物質波の予言が正しかったことを強く裏付けるものでした。1927年、デイヴィソンとガーマーが低速電子線によるニッケル結晶での回折を、また、G.P.トムソン(かの有名なJ.J.トムソンの息子です)が高速電子線による薄膜での回折をそれぞれ独立に観測し、ノーベル物理学賞を受賞しました。興味深いことに、父J.J.トムソンは電子が粒子であることを発見してノーベル賞を受賞しており、その息子が電子が波であることを証明して同じ賞を受賞したというのは、物理学の歴史の中でも象徴的な出来事と言えます。
電子回折実験は、単にド・ブロイの予言を証明しただけでなく、量子力学という新しい物理学体系が正しさを持ち、電子のようなミクロな世界では、従来の常識が通用しない、波動と粒子の二重性という不思議な法則が成り立っていることを示す、非常に重要な実験となりました。
私たちが普段見ている世界では、ボールを投げれば放物線を描いて飛んでいき、波は水面を伝わるものとして認識します。しかし、電子のような非常に小さな世界では、一つのものが波のように広がり、同時に粒子のように振る舞うという、私たちの直感とは異なる現象が実際に起きているのです。電子回折実験は、まさにこの量子世界の不思議さを、目に見える形で示した実験と言えます。
この実験を通じて、電子の波動性を理解することは、量子の世界の扉を開くための一歩となります。そして、この波動性が、例えば電子顕微鏡のような技術や、量子力学に基づいた様々な現代技術の基礎となっているのです。