量子を「見る」と何が変わる? 観測の不思議な効果
量子の世界における「観測」の不思議
量子力学の世界では、光や電子のような非常に小さな存在は、まるで二つの顔を持っているかのように振る舞います。ある状況では「波」のように広がりを持ち、別の状況では「粒子」のように一つの場所に定まります。この性質を「波動と粒子の二重性」と呼んでいます。
これまでの記事で、この二重性について触れてきました。たとえば、二重スリット実験では、電子を一つずつ放っても、誰も見ていない状況では波のように広がって干渉縞を作ります。しかし、電子がどちらのスリットを通ったかを「観測」すると、干渉縞は消え、電子は粒子のように振る舞います。
このことから、量子が波のように振る舞うか、粒子のように振る舞うかは、「観測するかしないか」に深く関わっていることが分かります。では、この量子世界における「観測」とは一体何を意味し、なぜ量子の振る舞いを変えてしまうのでしょうか。
物理学における「観測」とは何か?
日常的な感覚では、「観測する」というのは「目で見る」ことや「測る」ことだと考えます。物理学、特に量子力学における「観測」も、基本的には何かを「測る」行為と捉えることができます。
しかし、ここで言う「測る」とは、単に数値を読み取るだけでなく、対象の量子(例えば電子)と、それを測るための装置(光子や別の粒子など)が相互作用することを意味します。例えば、電子の位置を知るためには、電子に光を当てて、跳ね返ってきた光を検出する必要があります。この「光を当てる」という行為が、電子と光子の間の相互作用であり、これが観測となります。
なぜ「観測」すると振る舞いが変わるのか
観測が量子の振る舞いを変える理由は、量子の持つ「重ね合わせ」という性質と関係があります。
観測される前の量子は、様々な可能性を同時に持っている状態だと考えられます。例えば、二重スリット実験で観測されない電子は、「こちらのスリットを通る可能性」と「あちらのスリットを通る可能性」の両方を、波のように広がった状態として同時に持っているようなイメージです。この広がりが、波としての性質(干渉)を生み出します。
ところが、観測を行うと、この重ね合わせの状態が壊されてしまい、一つの確定した状態に「ストン」と落ち着いてしまいます。電子がどちらのスリットを通ったかを観測した場合、電子はもはや「両方の可能性」を持つ広がりではなく、「こちらを通った」あるいは「あちらを通った」という、一つの場所に定まった粒子としての性質を強く示すようになるのです。これが、干渉縞が消える理由です。
例えるなら、霧の中にたくさんのボールが浮いていると想像してみてください。霧が濃すぎてボールの位置ははっきり分かりませんが、全体としてふわふわと広がっているように見えます。これが観測される前の量子の状態に少し似ています。そこに強い光を当てて、一つのボールに当たって跳ね返った光を捉えたとします。その瞬間、私たちは「あそこにボールがあった!」と、そのボールの特定の場所を認識します。そして、光を当てたという行為自体が、霧の中のボールのふわふわとした広がりを終わらせ、特定の場所に「定まった」状態として捉えることになります。
もちろん、量子の世界はもっと複雑で不思議ですが、「観測」という相互作用が、あいまいな「波のような広がり(重ね合わせ)」を、特定の「粒子のような位置」に決めてしまう、というイメージは掴めるかと思います。
量子の世界の「観測」の特殊性
この「観測によって状態が確定する」という性質は、私たちが日常で経験する物理現象とは大きく異なります。例えば、私たちが部屋の中のボールの位置を測っても、そのボールの性質(固体であることや、転がる性質など)が変わることはありません。しかし、量子の世界では、観測という行為そのものが、対象の振る舞いや性質(波として広がるか、粒子として位置が定まるか)に決定的な影響を与えるのです。
この観測による状態変化は、「波動関数の収縮」と呼ばれることもありますが、これは量子力学における最も不思議で議論の多い点の一つでもあります。なぜ観測がこのような影響を与えるのか、その根源的な理由は、まだ完全に解明されているわけではありません。しかし、この「観測すると量子の状態が確定する」という事実は、様々な実験によって確かめられており、量子力学の予測と計算の基盤となっています。
まとめ
量子力学における「観測」は、単に「見たり測ったりする」ことではなく、対象の量子と観測装置との間の相互作用を意味します。この相互作用が、観測される前の量が持っている「重ね合わせ」という波のような広がりを壊し、特定の状態(粒子のような位置や性質)に確定させてしまいます。
このため、観測しないときは波のように振る舞っていた量子が、観測した途端に粒子のように振る舞いを変えるという、不思議な現象が起こるのです。この「観測が状態を確定させる」という性質は、量子の世界の二重性を理解する上で非常に重要なポイントとなります。