量子の波が壁をすり抜ける? トンネル効果の不思議な世界
エネルギーの壁をどうやって通り抜けるのか
私たちが普段暮らしている日常の世界では、物にエネルギーを与えて壁にぶつけると、そのエネルギーが壁を乗り越えるのに十分でなければ、跳ね返されてしまいます。例えば、ボールを壁に投げても、ボールが壁を通り抜けることはありません。壁を通り抜けたいなら、壁を壊すか、乗り越えるだけの十分なエネルギーが必要になります。これは私たちの常識であり、古典物理学の考え方でもあります。
しかし、とても小さな、量子の世界の粒子たちは、時にはこの常識に反する不思議な振る舞いをします。まるでエネルギーの壁をすり抜けてしまうかのような現象が観測されているのです。この不思議な現象を、「トンネル効果」と呼んでいます。
トンネル効果とは何か
トンネル効果とは、粒子が、その粒子が持つエネルギーよりも高いエネルギーを持つ障壁(壁のようなもの)にぶつかったとき、古典物理学では考えられない確率でその障壁を通り抜けてしまう現象のことです。
これは、まるで山を越えるだけの体力がないのに、山の下をトンネルのように通り抜けてしまうイメージに似ていることから、このように名付けられました。粒子は障壁を壊すわけでも、乗り越えるわけでもなく、あたかもそこには壁がないかのように、向こう側に移動してしまうことがあるのです。
なぜそんなことが起こるのか? 粒子を「波」として考えると見えてくること
このトンネル効果を理解するためには、量子の世界では粒子が波としての性質も持っている、という「波動と粒子の二重性」の考え方が非常に重要になります。
もし粒子がただの「点」のような存在であれば、古典物理学の考え方通り、エネルギーが足りなければ壁に跳ね返されるだけでしょう。しかし、量子力学では、粒子は確率の波(波動関数)として記述されます。この波は、粒子がどの場所に存在する可能性が高いかを示しています。
壁のような障壁がある場合、この確率の波は障壁にぶつかると急激に弱まりますが、完全にゼロになるとは限りません。障壁の厚さがそれほど厚くなければ、波の一部が障壁の向こう側まで「染み出す」ようにして到達することがあります。
波が向こう側に到達する意味
壁の向こう側に波が染み出しているということは、どういうことでしょうか。量子力学では、波の強さ(正確には波の絶対値の2乗)が、その場所に粒子が見つかる確率を表しています。ですから、壁の向こう側に波がゼロでない強さで存在するということは、そこに粒子が見つかる可能性がある、ということを意味しているのです。
つまり、粒子が波として振る舞うことで、障壁にぶつかったとき、その波の一部が障壁を通り抜けて反対側に伝わることができます。そして、もしそこで観測を行ったときに粒子が見つかれば、それは粒子がトンネル効果によって障壁を通り抜けた、ということになるのです。
障壁が厚くなるほど、向こう側に染み出す波の強さは弱くなり、粒子がトンネル効果で通り抜ける確率は非常に小さくなります。また、粒子の質量が大きくなるほど、波としての性質が弱まり、やはりトンネル効果は起こりにくくなります。これが、私たちが日常で大きなボールを壁に投げてもトンネル効果が見られない理由です。私たちの周りのマクロな物体は質量が非常に大きいため、波としての性質がほとんど現れず、トンネル効果は実質的にゼロになってしまうのです。
トンネル効果は私たちの生活にも関わっている
このトンネル効果は、単なる理論上の面白い現象ではありません。実は、私たちの身の回りの技術にも深く関わっています。
例えば、半導体デバイスの中には、トンネル効果を利用して電流の流れを制御しているものがあります。また、非常に精密な表面の画像を観察できる「走査型トンネル顕微鏡(STM)」は、探針と試料表面の間で起こるトンネル電流を測定することで機能しています。
さらに、太陽の核融合反応が持続しているのも、実はトンネル効果が一役買っていると言われています。太陽の中心温度だけでは、原子核同士が反発する電気的な力を乗り越えて融合するエネルギーが足りないのですが、量子力学的なトンネル効果によって、低いエネルギーでも核融合が起こる確率が生まれているのです。
まとめ
量子の世界の粒子が持つ波動性という不思議な性質は、古典的な常識では考えられないトンネル効果という現象を引き起こします。エネルギーが足りない壁でも、波の一部が染み出すことで、粒子が反対側に見つかる確率が生まれるのです。
このトンネル効果は、小さな粒子の世界で起こる不思議な現象ですが、私たちの身近な技術や、遠い宇宙の現象にも深く関わっています。波動と粒子の二重性という概念が、いかに私たちの理解している物理法則を広げ、新しい技術を生み出しているかを知る上で、トンネル効果は非常に良い例と言えるでしょう。