量子の世界では、位置と速度を同時に正確に測れない? 不確定性原理を理解する
量子の世界では、位置と速度を同時に正確に測れない? 不確定性原理を理解する
私たちの日常生活では、物体の「位置」と「速度」を同時に正確に知ることは、原理的には可能です。例えば、飛んでいるボールの位置とその速さを、カメラで撮影したり、センサーで測ったりして、高い精度で同時に把握できます。
しかし、とても小さな粒子、特に量子の世界では、この常識が通用しません。量子力学によれば、ある種の性質、特に「位置」と「運動量」(速度に関わる量)を同時に、望むだけ高い精度で知ることはできないのです。どちらか一方を正確に測定しようとすると、もう一方がどうしても不確かになってしまいます。この、量子力学の非常に重要な性質の一つが「不確定性原理」と呼ばれるものです。
不確定性原理とは何でしょうか
不確定性原理は、ドイツの物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクによって提唱されました。その内容は、簡単に言うと、粒子の位置に関する不確かさ(Δx)と、その粒子の運動量に関する不確かさ(Δp)を掛け合わせた値は、ある一定の値(プランク定数という非常に小さな値に関係する量)よりも小さくならない、というものです。
数式を使わずにイメージで説明すると、次のようになります。
- 位置をものすごく正確に測ろうとすると(Δx を非常に小さくしようとすると)、運動量に関する不確かさ(Δp)が大きくなってしまいます。つまり、その粒子の速度がいくらなのか、非常に曖昧になってしまうのです。
- 逆に、運動量をものすごく正確に測ろうとすると(Δp を非常に小さくしようとすると)、位置に関する不確かさ(Δx)が大きくなってしまい、その粒子が「どこにあるのか」が非常に曖昧になってしまいます。
つまり、位置と運動量の両方を同時に「完全に正確に」知ることは、量子の世界では原理的に不可能なのです。まるで、跷跷板(シーソー)のように、一方を下げるともう一方が上がる関係にあると考えてみてください。
なぜ、位置と運動量を同時に正確に決められないのでしょうか
この不思議な性質は、量子の持つ「波動と粒子の二重性」と深く関わっています。
粒子の視点から考える
まず、粒子としての性質を考えてみましょう。粒子は、ある瞬間に「ここにいる」という位置を明確に持っています。しかし、その「速度」を知るためにはどうすれば良いでしょうか。速度は、一定時間での位置の変化で定義されますね。つまり、ある時刻と、少し後の別の時刻での位置を測定し、その間の移動距離と時間から計算します。この測定には、ある程度の「時間」と「空間的な広がり」が必要です。もし、位置を非常に正確に、一瞬で知ろうとすると、その瞬間の速度(運動量)を正確に把握するための十分な情報(位置の変化)が得られにくくなります。
波動の視点から考える
次に、波動としての性質を考えてみましょう。量子が波として振る舞うとき、その運動量(速さや方向)は波の波長に関係しています。波長がはっきりした(つまり、運動量が正確に分かっている)波は、空間的に広がっています。例えば、水面に立つきれいな波紋を想像してみてください。その波の「波長」は分かりますが、「波紋がピンポイントでどこにあるか」を正確に特定することは難しいですね。波は広がっているからです。
逆に、「波がピンポイントでここにある」というように、位置を正確に特定したいとします。波をピンポイントに集めるためには、様々な波長の波を重ね合わせる必要があります。例えば、光の粒(光子)を顕微鏡で一点に集めるようなイメージです。しかし、様々な波長の波が混ざり合うと、元の波の「波長」が曖昧になってしまいます。波長が曖昧になるということは、それに関係する運動量も曖昧になってしまう、ということです。
このように、波動としての性質を持つ量子は、「波長が明確だと位置が曖昧になり」、「位置を明確にしようとすると波長(運動量)が曖昧になる」という性質を持っているのです。不確定性原理は、この波動性と粒子性が同時に現れる量子特有の性質から生まれる、いわば「波としての性質」と「粒子としての性質」の間のトレードオフのようなものと理解できます。
私たちの身の回りではなぜ不確定性原理を感じないのか
私たちが日常で扱う、野球のボールや車のようなマクロな物体も、実は量子と同じように波動と粒子の二重性を持っています。野球のボールも「物質波」という波としての性質を持っているのです。
しかし、なぜボールの位置と速度は同時に正確に測れるように見えるのでしょうか。それは、マクロな物体の運動量は非常に大きいからです。ド・ブロイの考えによれば、運動量が大きいほど、その物質波の波長は極めて短くなります。
波長が極めて短い波は、ほとんど「点」のように見えます。つまり、波動としての広がりが無視できるほど小さくなるのです。そのため、マクロな物体は、その波動性があまりに小さすぎて表に現れず、まるで純粋な粒子のように振る舞っているように見えるのです。結果として、位置も運動量も同時に、私たちの観測能力の範囲内では十分に正確に測ることができるように見えるのです。
まとめ
不確定性原理は、量子の世界が私たちの日常的な感覚とは大きく異なることを示す、根幹的な原理の一つです。粒子の位置と運動量を同時に正確に測定することに限界があるのは、量子が波でもあり粒子でもあるという二重性を持っているためです。波としての性質は位置を曖昧にし、粒子としての性質(や、位置を明確にするための観測方法)は運動量を曖昧にする、という関係があるのです。
この原理は、量子力学の様々な奇妙な現象や性質の基礎となっており、量子力学を理解する上で避けて通れない重要な概念と言えます。私たちの住む世界は、最もミクロなレベルでは、このような「不確かさ」を内包しているのです。