なぜ電子は決まった軌道を回る? 波の性質で解き明かす原子の謎
古典物理学の大きな疑問:原子はなぜ安定なのか
私たちの身の回りの物質は、原子でできています。原子は、中心に原子核があり、その周りを電子が回っているという構造をしています。学校の授業でも、太陽系の惑星のように電子が原子核の周りを公転しているイメージで習うことが多いかと思います。
しかし、実はこの単純な原子模型には、古典物理学では説明できない大きな問題がありました。
古典物理学、特に電磁気学によると、電荷を持った物体が加速しながら運動すると、電磁波を放出することが知られています。電子はマイナスの電荷を持ち、原子核の周りを回る運動は常に方向が変わる(向きが変わる加速度を持つ)ため、電磁波を出し続けるはずです。電磁波を出すということは、エネルギーを失うということです。エネルギーを失った電子は、らせんを描きながらどんどん原子核に引き寄せられ、最終的には原子核に衝突して消滅してしまうと考えられました。
もしこれが本当なら、原子は一瞬で崩壊してしまい、安定して存在することはできません。しかし現実には、私たちの体も、身の回りのあらゆる物も、安定した原子で構成されています。これは、古典物理学ではどうしても説明がつかない謎でした。
量子の世界が示した新しい考え方:電子も「波」になる?
この古典物理学の壁を打ち破ったのが、量子力学という新しい物理学の考え方です。そして、その重要な鍵の一つとなったのが、「波と粒子の二重性」という概念でした。
光が波としての性質(干渉など)と粒子としての性質(光電効果など)の両方を持つことが明らかになった後、フランスの物理学者ド・ブロイは、「光だけでなく、電子のような粒子もまた波としての性質を持つのではないか」と考えました。これを物質波(ぶっしつは)と呼びます。
電子が波のように振る舞うとは、どういうことでしょうか。私たちが普段イメージする波、例えば水面の波紋や音波のように、空間を広がっていくような性質を持つということです。
原子核の周りを回る電子を「波」として考えてみる
では、この「波としての電子」の考え方を、原子核の周りを回る電子に適用してみましょう。
原子核の周りを回る電子の軌道を、円周上の波としてイメージしてみてください。電子が波としてこの円周上をぐるっと一周回ると考えます。
なぜ特定の軌道だけが許されるのか?「定常波」の考え方
円周上に波が存在する場合、その波が安定して存在するためには、特別な条件が必要です。それは、「波が自分自身と打ち消し合わず、常に同じ形を保つ」という条件です。このような波を定常波(ていじょうは)と呼びます。
例えば、ギターの弦を弾いたときにできる波を考えてみてください。弦の両端は固定されているため、特定の波長を持つ波しか安定して存在できません。波長が弦の長さのちょうど1倍、1/2倍、1/3倍...といった整数倍になる波だけが、振動し続けることができます。それ以外の波長の波は、すぐに打ち消し合って消えてしまいます。
これと同じ考え方を、原子核の周りの円周上の電子の波に適用してみましょう。円周上を電子の波が一周するとき、波の山の部分と谷の部分がぴったりと繋がり、波が自分自身と打ち消し合うことなく安定して存在するためには、円周の長さが、電子の持つ波長のちょうど整数倍になっている必要があるのです。
イメージとしては、ゴムひもを輪っかにして、その上で波を起こすようなものです。波がきれいにぐるっと一周して元の場所に戻ってきたときに、波の形がぴったり繋がらないと、すぐに波は乱れて消えてしまいます。波がきれいに繋がり、いつまでも同じ形で振動し続けるためには、波長と円周の間に特定の関係がなければならないのです。
波長が軌道を「量子化」する
この「円周の長さが電子の波長の整数倍である」という定常波の条件が、驚くべき結論をもたらします。
もし電子が波長を持つなら、この定常波の条件を満たすことができる円周の長さ(つまり軌道の半径)は、連続的などんな値でも良いわけではなく、飛び飛びの値しか許されなくなります。そして、電子の波長は電子の持つ運動量(速度)と関係していますから、許される軌道の半径が決まると、そこに存在できる電子のエネルギーもまた、飛び飛びの値しか取れなくなります。
この「物理量が連続的な値ではなく、飛び飛びの値しか取れない」という性質を量子化(りょうしか)と呼びます。電子の軌道やエネルギーが量子化されているのです。
これは、まるで階段のように、電子が存在できる「段」が決まっていて、その段の上にしか立てないようなものです。段と段の間(軌道と軌道の間)には、電子は存在できないのです。
古典物理学では、電子はどんな半径の軌道でも、どんなエネルギーでも取りうると考えていました。しかし、電子を波として捉え、定常波の条件を課すことで、電子が存在できるのは特定の「許された軌道」だけであり、そこにあるときのエネルギーも特定の「許されたエネルギー準位」に限られることが導き出されたのです。
まとめ:波の性質が原子の安定性を説明する
このように、電子が波の性質(物質波)を持ち、原子核の周りを回るときに定常波の条件を満たす必要があるという考え方は、古典物理学では説明できなかった原子の安定性や、電子が特定の軌道(エネルギー準位)しか取らない理由を見事に説明しました。
これは、原子の中の電子が、単なる点のような粒子として原子核の周りを回っているのではなく、「波」としても振る舞うことで、安定した構造を保っていることを示しています。
波動と粒子の二重性という一見不思議な性質が、私たちの身の回りの物質の安定性という、最も基本的な現象を理解するための鍵となっているのです。